胎内・チューリップ
2016.05.06
        
先日、胎内のチューリップを見てきた。
朝早めに出発しましたが
すでに道路は混んでましたが
裏道を・・・!
到着後すぐに気球を発見。
早い時間でしたので、すぐに乗れ
空からチューリップ畑を観賞。
        
約60種類、80万本ものチューリップが
2ヘクタールの畑に広がり
その隣に同じく2ヘクタールの菜の花畑も。
春の空のもと、一面に広がる色鮮やかな花の絨毯は圧巻でした。
空からの観賞を終え、畑を歩いて見ていると
なにやら人だかり、どうやらTV中継が。
        
誰がいるんだろうと見てみると
見たことあるんだけど名前が出てこない。
誰だろう、誰だろうと考えていると
あっ、「ラッシャー木村!」
いえいえ、ラッシャー板前さんでした。
旅サラダの生中継。
私もちゃっかり・・・映りました。
その後、ランチを食べ
五泉のチューリップを見ようと立ち寄りましたが
すでに閉園。
今年は気温が高かったからですね。
何でも新潟県はチューリップ切り花生産日本一なのだそうです。
瓢湖
2016.02.07
          

          
瓢湖は、新潟県阿賀野市水原地区にある人造湖。
オオハクチョウやコハクチョウの飛来地として知られ
ラムサール条約の登録湿地であり
日本の重要湿地500でもある。
瓢湖のハクチョウは
「はくちょうおじさん」として有名な
故吉川重三郎さん親子が約60年前に
人間に決して近付かなかった野生の白鳥に
たった一人で餌付けを始めたことから始まりました。
毎冬、6000羽のハクチョウが飛来し
2万羽ほどのカモなどの渡り鳥もやってきます。
日本中に白鳥飛来地はたくさんありますが
これほど小さな池にたくさんの白鳥が集まり
すぐ目の前で見ることができる場所は他にはありません。
          
善光寺
2016.01.05
          
善光寺は、長野県長野市にある
無宗派の単立寺院です。
日本最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来を本尊とし
善光寺聖の勧進や出開帳などによって
江戸時代末には
「一生に一度は善光寺詣り」と言われるようになりました。
日本に仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院で
宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられ
女人禁制があった旧来の仏教の中では
稀な女性の救済が挙げられます。
三国渡来の絶対秘仏の霊像と伝承される
丈一尺五寸の本尊、一光三尊阿弥陀如来像が
本堂瑠璃壇厨子内に安置されています。
その姿は寺の住職ですら目にすることはできないとされ
朝の勤行や正午に行なわれる法要などの
限られた時間に金色に彩られた
瑠璃壇の戸張が上がり
瑠璃壇と厨子までを拝することが通例とされる。
数えで七年に一度の御開帳には
金銅阿弥陀如来及両脇侍立像が絶対秘仏の
ご本尊の分身として公開されます。
          
2年ぶりに、初詣に行ってきましたが
健康を祈願し帰ってきました。
天気もよく、ポカポカ陽気だったので
昼過ぎから入場制限になっていました。
光のページェント
2015.12.21
           
仙台光のページェント
30回目を数える仙台の冬の風物詩。
「未来へつなげる愛の光!」をテーマに
定禅寺通のケヤキが星降るような
数十万球の美しいイルミネーションで光り輝く。
           
スターライト・ウインクと呼ばれる再点灯は1日3回。
杜の都を美しく彩る温かで落ち着きのある光が
ロマンチックな冬の夜を演出する。
           
そうそう、ビルの窓がところどころ点灯されていたのですが
なにかなぁ?と思いながら歩いてましたが
遠くから見ると・・・これが!
そう雪ダルマも光のページェントを見ていたんですね。
もうひとつ!
光のページェントの6電球の中に、一つだけピンクの電球があり
その電球を見つけたカップルは永遠の愛を約束される とか!
そんな都市伝説がありますが、本当にピンクの電球があるそうです。
歩いていると「あった!」という声が聞こえてきます。
もちろんそこには人がたくさん集まっていますが
探してみましたが・・・見つけられませんでした。
鹿苑寺
2015.12.16
                
昨日の続きで今日もまた京都。
普通に金閣寺といいますが
正式には鹿苑寺といいます。
金閣寺の歴史を振り返ると古くは
鎌倉時代に藤原一族の藤原公経がこの地に西園寺を建立しました。
鎌倉幕府滅亡後、荒れ果てた西園寺を
足利義満が譲り受け、北山殿と呼ばれる
大規模な邸宅を造営しました。
邸宅とはいいながら御所に匹敵する大規模なもので
義満はここで政治の実権を握りました。
足利義満の死後、遺言により北山山荘は舎利殿を残して
解体され禅寺となりました。
禅寺の名前は義満の法名鹿苑院殿から二文字を
とって鹿苑寺と名付けられたそうです。
漆塗りに金箔を張ったこの建物は舎利殿で
足利義満が造営した北山山荘で唯一解体を逃れた建造物。
残念ながら1950年の失火で全焼しましたが
1955年にほぼ焼失前の状態に再建されました。
そうなんです、金閣寺は再建されたんですよ。
上層の天井板は楠天井の一枚板であったと言われていますが
焼失したため確認はされていません。
3層構造の豪華な造りの金閣は2層目、3層目には
漆に金箔が押されています。
金閣は各層に別々の建築様式を採用した異色の造りになっています。
屋根はこけら葺きで頂上には鳳凰が輝いています。
また、京都に行ってみたいです。
岩手・平泉との違いを知りたいです。
共通しているのはどちらも・・・金が使われていることですね。
北野天満宮
2015.12.15
             
903年、菅原道真が無実の罪で
配流された大宰府で没した後
都では落雷などの災害が相次いだそうです。
これが道真の祟りだとする噂が広まり
御霊信仰と結びついて恐れられ
そこで、没後20年目、朝廷は
道真の左遷を撤回して官位を復し正二位を贈った。
942年、右京七条に住む多治比文子という少女に託宣があり
5年後にも近江国の神官の幼児である太郎丸に同様の託宣があった。
それに基づいて974年6月9日
現在地の北野の地に朝廷によって道真を祀る社殿が造営された。
後に藤原師輔が自分の屋敷の建物を寄贈して
壮大な社殿に作り直されたと言う。

             
江戸時代の頃には道真の御霊としての性格は薄れ
学問の神として広く信仰されるようになり
寺子屋などで当社の分霊が祀られた。
1871年に官幣中社に列するとともに北野神社と改名。
旧称の北野天満宮の呼称が復活したのは
戦後の神道国家管理を脱したあとからだそうです。
北野天満宮には牛の像がたくさんあります。
牛は天満宮では神使とされているからだそうですが
その理由は次のように言われています。

 ・ 道真の生まれた年が丑年
 ・ 道真が亡くなったのが丑の月の丑の日
 ・ 道真は牛に乗り大宰府へ下った
 ・ 牛が刺客から道真を守った
 ・ 道真の墓(太宰府天満宮)の場所を牛が決めた

どの説も伝承なので真偽のほどはわからないそうです。
でも牛が刺客から道真を守ったという話は
護王神社の和気清麻呂の猪伝説に通じる話だそうです。
喜多方
2015.11.24
ちょっとラーメンを食べに喜多方に!
今日はどこで食べようかなぁ?
そんな会話をしながら喜多方市外を抜け
田んぼの中に赤い屋根の蔵。
今日はここで!と寄ったのは赤れんが食堂。

                 

注文したのは、こづゆ風スープの「赤レンガラーメン」
こづゆは会津地方の郷土料理。
海産物の乾物を素材とした煮物で
江戸時代後期から明治初期にかけて会津藩の
武家料理や庶民のごちそうとして広まり
現在でも正月や冠婚葬祭などハレの席で、必ず作られる郷土料理だそうです。
澄んだスープに浮かぶ麩、柔らかなチャーシュー。
満足の一杯でした。

                  

ラーメンを食べ終え、次に向かった先は金忠さん。
いつも金忠さんの醤油を購入していますが、
我が家では、昔ながらの大豆のコクとまろやかさを再現し
大豆をまるごと使って仕込んだ「丸大豆醤油」
そしてお刺身など、つけ醤油として濃厚な醤油。
二度仕込みの醤油で、大豆の旨みがたっぷりの再仕込み醤油。
これが本当に美味しいんですよ。
醤油購入後は、お隣の田楽喫茶「豆○」で一休み。

                  

生麩田楽と味噌ソフトを食べてきました。
味噌プリンも気になりましたが、次回のお楽しみに!
また、醤油がなくなる頃に、ラーメンを食べに行きます。

                  

途中道の駅で、喜多方ラーメンバーガーの看板を発見。
早速、注文!
普通のハンバーガーのようですが、パンズがラーメン。
そしてパテがチャーシュー、なると、ねぎ、めんま。
ソースは・・・もちろんラーメンスープ。
もうひとつ、ラーメン丼もオーダー。
こちらはご飯の上にチャーシュー、メンマ、たまご、ねぎ、のり
タレはもちろんラーメンスープ。

                  

これもラーメン味かと思いきや・・・やっぱりラーメン味
その名も「喜多方ラーメン生大福」
白い求肥の中に茶色い求肥が入っていて
茶色い求肥がラーメンスープ味のようです。
甘さ控えめな生クリームがラーメン味に妙にあうんです。
喜多方に行ったときに試してみてください!
ふつうの求肥
国指定重要文化財
2015.11.20
先日、国の重要文化財の渡邉邸を見てきました。
生憎の雨でしたが・・・
情緒があり、とてもすばらしかったです。

              

渡邉家の初代儀右エ門善高は、村上藩の郡奉行をしていたが
藩主国替えのとき、家督を譲り桂村に隠居
その後寛文7(1667)年に現在の場所に転居して以来の旧家です。

              

三千坪の広大な敷地に堀と塀をめぐらし、
五百坪の母屋には、厳選された無節の柱や
丸桁などが惜しみなく随所に使われています。
往時には十二あったとされる蔵のうち
残っている六つの蔵もまた豪農を思わせる作りとなっています。

             

母屋の最も特徴的な造りの一つが、石置木羽葺屋根です。
屋根には木羽二十万枚と石一万五千個が使われています。
この母屋と土蔵は、昭和二十九年に国の重要文化財に指定されました。

             

また、庭園は回遊式となっており
元禄末期から享保初期にかけて京都から遠州流の庭師を招いて
構築されたもので、昭和三十八年に国の名勝に指定されています。
空飛ぶ籠!
2015.10.30
先日、ドライブに出かけてきました。
気仙沼から1時間少々。
気仙沼は岩手県と接しており
車で数分走れば岩手県。
そんなわけで、岩手までドライブ。
どちらにしようか、迷いに迷い、猊鼻渓に!
そうそう、距離的にも同じような場所に
これまた同じような観光名所があるんです。
猊鼻渓と厳美渓。
漢字が違うでしょう!と突っ込まれそうですが、
ひらがなで書くと・・・
猊鼻渓=げいびけい
厳美渓=げんびけい
でしょう、似てるでしょう。
違いは、「い」と「ん」だけの違い。
私もどちらがどちらか・・・迷うときがあります。

厳美渓はこの時期、超混んでると思い、猊鼻渓に。
ちなみに厳美渓には舟くだりがあり
船頭さんが竹竿一本で舟を操り
川の両側の見所をおもしろおかしく説明してくれ
最後には民謡を歌ってくれるんです。
猊鼻渓は・・・というとここにも不思議なものがあるんです。

             

川の景色は厳美渓にも負けないくらいの美しさ。
その景観に木をたたく音が「コンコン・・・」と響き渡る。
と同時に、ワイヤーを滑空する籠。
空飛ぶ籠にたくさんの観光客の視線が集まります。
そして、アイドルかと間違えるほどのフラッシュの光。
籠の中身が知りたいでしょう!
この籠の中には団子が入っているんです。
対岸の郭公だんごを対岸の方が注文し
団子が空を飛び、お客さんの手元に届く。

             

午前中で売り切れる人気の団子屋さん。
運がよく、団子屋さんが開いていたので、お店の中で食べることにしました。
本当は空飛ぶ団子を食べたかったのですが、長蛇の列。
それで、お店で、風景を見ながら、ワイヤーの音、木の「コンコン」を
BGMに紅葉を楽しんできました。
岩手に行ったときにはお勧めですよ!
中尊寺から車で数十分で着きますので。
紅葉
2015.10.25
            

肌寒い中、ドライブに出かけてきた。
山の木々は色とりどりに紅葉し、とてもきれいだった。
でも紅葉って、葉っぱにとって、最後の姿なんですよね。
春、雪解けとともに、若葉が生い茂り
夏には濃い緑色に、そして朝晩の寒暖の差が出てくると
次第に緑色から黄色、オレンジ、赤、茶色・・・そして落葉。
でもこの落葉した葉が海の生物に必要な栄養に変わるんです。
えっ、山の葉っぱが!
と思われるかも知れませんが、
山に落ちた葉は、雨や雪によって少しずつ腐敗し
土に浸透していきます。
雨水や雪解け水も同時に山の土にしみこんでいきます。
このしみこんだ水分はやがて、山を下り
川に出て、その後、海に流れ着きます。
川の水は山の腐葉土の栄養を含み、海に運びます。
この栄養をプランクトンを育て、
そのプランクトンを小さな海洋生物が食べ、
大きな生物、そう魚や貝が食し、それを私たちが食べるんです。
紅葉から始まったこの一連の流れは、食物連鎖です。
山々の落葉樹は私たちに豊かな海の恵みの一役を担っているのです。
私たちにとって、落葉樹はなくてはならない木々なのです。

- CafeNote -